過去の就職活動の話と障がい者の幸せについて。

僕は、前にも大学院にいたのであるが、その2年生の時期に就職活動をしていた。

よさそうな求人があれば、新卒カードが使える内に使ってしまおうという合理的な考えのもと、そして、やる気がピークになっているとき限定で就職活動をしていたのである。

しかし、やはりそのような半端な気持ちと覚悟で内定が貰えるはずもなく、その結果は全滅であった。

精神障がいを抱えながらの就活なので、その障がいのせいなのかもしれないと将来を不安に思ったりした。

内定が貰えないことは、なんとなくわかっていた。

最初から期待などしていなかったはずなのに、落胆してしまった自分がいた。

不採用通知の文章を見ると、「お前は、社会に必要ない人間なんだよ」と言われている気持ちになる。

就職活動で自殺してしまう学生の気持ちも少しではあるが解ってしまう。

社会に必要とされない=自分の存在意義がない。

そう思ってしまうのである。

また、企業に落とされる度に、自分を否定されたような気持ちになる。

2chの書き込みとかで、

「就職活動ごときで、自殺する奴はメンタル弱すぎw」

「こいつら、就職するためだけに生まれてきたのかw」

という文を目にしたことがあるが、当事者としては、深刻な問題なのである。

もっと視野を広く持てばよいのであるが、切羽詰まった状況にいると、尚更深刻に考えてしまう。

でも、広い視点で見れば、ニートや生活保護受給者をすれば生きていくだけならできると思う。

普通という幻想を追いかけて、それ以外の道はあり得ない、なんて考えているから、自殺してしまう人がいるのだと思う。

生きるとは難儀なものだ。

全てが上手くいく人もいれば、逆に全てが失敗ばかりの人もいる。

生まれつきの重い障がい等の先天的ハンディキャップにしろ、事故による怪我等の後天的なハンディキャップにしろ、ハンディを持つということは、決していいことではない。

障がいがあるから得たものもあるかもしれないが、障がい自体はマイナスだと僕は思うから。

健常者と障がい者を生まれる前から選択できたら、障がい者を選ぶ人なんて、ほとんどいないと思う。

近年は、特にテレビ番組などの障がい者の特集などでは、障がいを美化しすぎだと思う

感動ポルノという言葉があるが、そんな感じ。

しかし、僕は思う。障がいは障がい。

障がいがある=不幸、とまではいかないけれど、障がいそれ自体生きづらさの原因になりうる。

障がい者ってだけで差別を受けるし、白い目で見られる。(特に精神障がいは)

それでも、障がいがあっても、幸せな人はいるし、不幸な人もいることも事実だ。

確かに、生きづらくなったり、人生の生きるモードがハードモードになるかもしれないが、それを踏まえたうえで、どう生きるかをデザインするのかが幸せにつながる方法なのだと思う。

幸せとは何ぞやって話にもなるが、それは本人の捉え方にも依拠するので、何とも言えない。

「自分にある障がい」を自覚した上で、それでもなお幸せだと思えることが一時でもあるのであれば、障がいを持つ者であってもこの生は生きる価値があるのだと思う。

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