統合失調症に対する差別偏見について

「差別や偏見をなくしましょう」

小学校・中学校の先生が好きそうな台詞だ。

確かに皆が皆一度は聞いたことがあるフレーズであろう。

それなのにも関わらず、差別・偏見は現実問題として存在する。

僕は、自分が患っている統合失調症に対する差別や偏見をなくしたい。

そういう想いはいつからか知らないが心の何処かにあった。


だから遅筆で駄文ではあるが、こうやってブログを書いている。

やはり、差別や偏見をなくすためには、そもそもこの病気がどのようなものかの周知が大切だと思うからだ。

人間は、自分がよくわからないものに対しては恐怖心を抱いたり、異質性を感じたりする性質があるように思う。

 

でも、正直なところ、この病気に対して差別があまりなくならないのもわかる。

というのも、一番差別しているのが僕の周りの場合、親であるし、笑い事みたいな話だが、自分自身であるように感じるからだ。

病気になって10年以上経過している現状でさえ、

「学校に病気のことは絶対に言うな、周りにも隠しておけ」

と親に事あるごとに言われる。

そういうことを言われるたび、そんなに必死に隠しておかなければならない禁忌の病であるのか…と絶望してしまう。

そして、隠し続けていくこと自体、自己否定に繋がってしまっている。

自分は病気を含めて自分であるのに、その自分の一部である病気を完全否定されているので、自己肯定感がなくなるのである。

 

しかしそうかといって、病気のことをオープンにしたら、確かに差別的扱いを受けたり偏見の眼差しで見られたりすることもあるのかもしれない。

差別・偏見を受けても病気をオープンにするか、それともひたすら隠し続けて生きるのか
どちらが幸福度が高いのであろうか。

 

本来それ自体犯罪でも悪いことでもない病気という事実を何故隠さなければならないのか。

何故こんなに苦しみつつ自分を否定されつつ生きなければならないのか

僕にはわからない。

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