大学に入学した。
当時の僕にとっては、偏差値的に非常に不満足な大学であったため、単位を取りつつ再受験をしようと入学した時点で思っていた。
でも、通っているうちにちゃんとした友達ができたりして、この大学を卒業してもいいかなとも思えてきたのであるが、それでも今となってはくだらないプライドが邪魔をして、再受験の道へと突き進んだ。
症状が重い状態からの病み上がり、病気を抱えながらの通学と再受験の勉強の両立は思った以上に大変で非常に負荷がかかっていた。
結局、再受験は本試験を受けもせず、中断せざるを得なくなった。というのも、精神の薬の副作用か過度のストレスからか酷いジストニアなどが発現してしまったからだ。
大学の通学さえも厳しくなり、ついには大学2年で大学不登校になってしまった。
ジストニアがぱっと見の外見からも明らかに障害があると、誰の目からもわかる酷さであったので、身体的にもしんどかったが、その精神的苦痛は、当時の若かりし感受性があった時代では到底耐えうるものではなかった。
僕は自分の人生に絶望感を深めていった。
重い精神病だけではなく、身体的な障害も出るという絶望は計り知れないほど大きかった。
しかし、その時転機が訪れた。
大学の友達が連絡をくれて、授業の音声を録音してくれたデータをくれたり、ノートをコピーさせてくれた。
僕は、感激して、「人ってこんなにも他人に対して暖かいんだ」と人生において初めて感じた。
素直に嬉しかった。
これにより、単位の試験だけは乗り切れた。
それともう一つはマイナス的なのであるが、この時期少しだけ入院し、薬を調整しつつ、安静にしていた。
そのときにいた入院患者がすごく嫌なやつだったので、そいつを見返すために頑張ろうと思ったのが、大学復帰の大きなモチベーションになった。
そんなこんなで、大学に復帰し、苦しみながらも通学して、周りに支えられながらなんとか大学4年まで通学することができた。
そして、ついに精神障害を持った者にとって最大の壁と言っても良いであろう、就職という壁にぶつかることになる。
〜続く
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