うる次郎 過去編~2~

高校3年になってすぐに学校に行けなくなった。

不登校になった僕を学校の先生が、クラスメイトが、親が完全に否定した。

それがとても辛かった。

誰も味方になってくれる人がいなかった。

誰も学校に行かない、いけない僕を肯定してくれる人がいなかった。

それが何よりも辛かった。

僕はあれだけ頑張ったのに、あれだけ努力したのに、ただ「学校にいけない」という取るに足らないくだらないことで、僕の全てを否定されたのだ。

当時も今も、実感としてはそう感じた。

最初はただ、学校に行けないだけだった。

あとは割と普通に外出もできたし、勉強もしていた。

ただ、誰もかも「学校に行けない」ことを責めてきたので、僕は次第に精神的に追い詰められてきた。

しかも、居場所もなかった。

不登校になってすぐに精神科に連れていかれたのも、僕には理解できなかった。

精神科に連れていかれること自体が、僕を完全否定しているような気持ちだった。

居場所を作ってほしかったし、認めてほしかった。

ただ、それだけだった。

精神科に3か所連れていかれたが、3か所とも、「異常なし、特に病気ではありません」と言われた。

親は諦めずに色々精神科ショッピングをしたが、結果は同じだった。

一か所だけ、「もしかすると統合失調症かもしれませんが」という精神科医はいたが、特に受診は必要ないとのことだった。

それでも、ずっと精神科に連れていかれた。

そして、親が抗うつ剤を出してくださいと言い始めたので、精神科医がしぶしぶ抗うつ剤を出した。

たぶん、抗うつ剤を飲めば元気になって、学校に行ってくれると思ったのだろう。

僕は抗うつ剤を仕方なく飲んだが、精神状態は悪化の一途をたどるだけだった。

ご飯が美味しくなくなって、常に吐き気がした。

身体が重くなった。

何もできなくなり、罪悪感と自責の念ばかりが頭のなかをぐるぐるした。

そんな時、ある塾の先生が、助け舟を出してくれた。

「某旧帝国大学のAO入試を受けてみないか」と、電話で親に言い、僕はその塾に通うことになった。

僕はその塾に通い出し、また勉強ができるまで回復していた。

抗うつ剤はもはや必要ではなくなったので、精神科医も出さなくなった。

精神科も通う必要がないとのことで、勉強に邁進した。

そして秋頃に入試を受けた。

筆記の一次試験は普通に突破した。

確か5倍程度の倍率はあったが、何とか通過できた。

あとは若干名が落ちる面接だけであった。

そのころになると明らかに僕の精神状態がおかしくなっていた。

そして、面接で異常なほどしゃべりまくった僕は、そのあとすぐに閉鎖病棟に入院することになった。

~続く

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