健常者との違い(劣化版普通について)

僕が目指しているのは、割と普通に働くことだ。

でも、それは普通のサラリーマンとして働くことではなくて、自営業形態またはそれに準ずる形態だ。

自営業という意味では、普通とは言えないかもしれないが、ここでは健常者同様に働くという意味で使っている。

別に健常者、障害者と区分けする必要もそんなにないのかもしれない。

僕自身が思っているほど、両者の差はないことだってあるだろう。

でも、僕には歴然とその差が感じられる。

それは何故だろう。

「普通」がムリだから「普通」の劣化バージョンを目指していて、やっぱりそれと普通を比べてしまうのが辛さの原因の1つかなと思う。

普通に近づけば近づくほど、健常者との差に苦しむ。

僕の場合、目指しているものが「普通に健常者と混じって働いて何とか一人で食べていけたらいいな」、みたいなことだから、「普通」がいわば完全上位互換である。

要するに、目指しているものが比較的「普通」だから、その健常者とのホンモノの「普通」と比べて苦しいのだ。

だから、「自分は健常者とはもはや別の生命体だから、同じに考えてはダメだ。」と考えている。

「健常者と僕とでは、ライオンと虫ケラくらい違った生き物である」

こういう風に考える方がずっと楽だ。

だって、生き物の種類が違ってたら、比べる意味なんてないから。

でも、他人と比較しないことは精神衛生上いいんだけど、それが自分が異質なものであるという考えに基づいているからあまり良い考えではないとは思う。

これから先ずっと、健常者に混じって生きることになるかもしれないのだから、自分だけ違うと思っていると何処かで崩れてしまいそうな気がする。

普通がムリだから、全く別のベクトルの道を生きるとか、方向性が全く違っていれば比べることはあまりないのかもしれない。

まぁ、それでも、比べるときもあると思うが。

たぶん、働けたとしても一生独身であることは仕方がないと諦めているが、やっぱり病気がなかったら普通になれたのかなとか思うと、少し悲しい気持ちになる。

そんなことを思うのは、やっぱり周りに普通の人が多くて、話す内容とかも健常者的なことばかりってことはあると思う。

普通が近くにありすぎて、自分のと比べてしまうということだ。

あと、僕が働くのと結婚をリンクして話していたら、「働くのと結婚(恋愛含む)は何の関係があるの?」と前に先輩に聞かれた。

確かに、ぱっと見では関係がなさそうに感じたが、僕にとっては、この両者は「生きがい」ってとこでリンクしているのかなと思った。

僕の個人的考えなのだが、「生きがい」は、「仕事」と「結婚」という2つが一番大きな要素になると思う。

で、どちらも得られるのが「普通」って大雑把に思っている。

僕は、後者の方は諦めた方がいいから、それで劣化版普通って思っているのかもしれない。

もっと楽に生きられる考え方ができたらいいなと思う今日この頃だ。

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