低スペ男と高スペ女の不幸

前の大学院の頃に院生同士の他愛もない会話をさっき思い出した。日本における性別による生きやすさ、結婚のしやすさに関しての話なんだけど、要するに、まず生きやすさと結婚のしやすさはほぼニアリーイコールだとする。そして、概ね、高スペック男>低スペック女>高スペック女>低スペック男、の順で生きやすい、結婚しやすい傾向にある、という説だ。

フェミニストからはボロクソに言われそうだが、まあ僕はフェミニストはクソだと思っているので、どうでもいい。それよりも、女性って学歴や能力の高さが仇となる、逆効果になる、って皮肉なものだけど、そういう性差別があるという社会の現実があるわけで。

まあ差別はない方が良いとは思うんだけど、差別やいじめは人間の性質上なくならないと自論だが考えてるから、その差別がある前提で考える。

で、病気の話になるけど、そういう意味で統合失調症の女性は病気で低スペックになってしまいがちであるから(言い方が悪かったかな)、少なくとも低スペックとみなされるわけだから、意外と結婚しやすいと思うんだよね。同病の男性とは立場が違うよなあと思う。同病の男性は悲惨だからね。

統合失調症の女性は、病気になっても結婚ルートがあるだけじゃなくて、女性ってだけで逆に非正規では働きやすいし、家事してます、で通るよね。前提として統合失調症患者は長期的安定的に正社員できないということを考慮に入れると、だけど。

正社員で働けない、というかまともに働けない集団の中では非正規や障害者枠は勝ち組だから、そういう理屈になる。そして、男は特に30歳以降は正社員じゃないとやべー奴扱いされるし、逆に非正規がないわけだよね。特に田舎、地方は。まああくまでそういう傾向があるってだけで当然例外も沢山あるとは思う。

まとめると、男性はスペックがもろ生きやすさに反映されるけど、セーフティネットがない。キモ金問題を見ればわかるよね。女性はスペックが逆作用するけど、その代わりセーフティネットがある。こう検討すると、どちらもメリットデメリットあって、言うほど男女差別って問題なのかな?って思ったりする。

低スペック男性が「自分が女だったら今より人生イージーだったろうなあ」と言うことに批判する低スペ女性は、よく解っていないのだ。自分が「女性である」というだけで低スペックでもある程度の生きやすさがあるということに。まあ社会的に不幸なのは、高スペ女と低スペ男が余ることで、その両者はくっつかないどころか接点すらないってところかな。

一番の不幸は高スペ女性の結婚したい子ども欲しいと思ってる層だろうと思うけどね。努力が報われない、という観点から不幸と言ってしまったが。ただ、これも努力の方向性を間違えてしまった層だと思うので、なんとも言えないかな。結婚や子どもにプライオリティを置くなら、もっと社会的に女の子らしくなるための方向に行くべきなのにね。凄く男女差別的なこと書いたと思うし、相当気持ち悪い記事を書いてしまったという自覚はあるが、まあ表現の自由のもと、公開します。おわり。

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